諌鼓鶏

由来

 中国の伝説上の聖天子堯、舜、禹が、その施政について諌言しようとする人民に打ち鳴らさせるために、朝廷の門外に太鼓を設けました。これを諌鼓(かんこ)と呼びます。しかし、善政を行ったので太鼓は鳴ることもなく永年の間に苔むし、鶏の格好の遊び場となっていたといいます。つまり諌鼓に鶏が止まっているのは善政が行われて世の中がうまく治まっているということで、まさに「天下泰平の象徴」であると言われています。

 神田祭の錦絵には諌鼓鶏の山車が載っています。(江戸時代は今日のような神輿祭りではなく山車が主体でした。)神田祭は山王祭とならび天下祭りとも呼ばれた将軍家の上覧祭ということで、当時その山車は江戸城内にまで入っています。諌鼓鶏を乗せたのは一番町の大伝馬町の山車でした。「お上の政が正しくてまさに世は泰平、諌鼓も鳴らず鶏も平穏に止まっていられます。」と伝説を引用した多分におべんちゃらめいた趣向であったのではないでしょうか。

 市制施行40周年の昭和57年に湧玉宮本は山車を復元したのだが、その際に成田山に干支の動物を奉納している東京都下高井戸の竹清堂さんに鶏の製作をお願いしたもの。


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